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rasisa
 
 
 

 
 
 
 

投稿者 ラ・メール
作成日 2014/03/13
ㆍ照会: 2312  
キャパの多様性
私は教師の経験はないが、数年間、かなりの数の子供たちと接したことはある。
また、孫二人の受験勉強も手伝った。
この経験から、人には、それぞれキャパシティー(うつわ)があり、その資質、才能、能力ぐらい不平等なものはない、と知った(偏差値に限らない)
そして、不平等の落差は努力で埋まるものと、決して埋まらないものの二種類があることにも気付いた。

受験期になると親達は否応なしに子供の偏差値に直面せざるを得ない。
尻を叩いて延びるものもあれば、大した成果の上がらないものもいる。
なかには成績の下がるものもいる。
親の悩みは尽きない。
だが、キャパの不平等は厳然たる事実であり、受け入れざるをえない。

学校教育は学力向上が最優先課題だが、偏差値は唯一の価値基準ではない。
万一、偏差値が低くとも、人間には表面に現れにくい様々なキャパが隠れているので、キャパの一部(偏差値)だけを見て悲観するにはあたらない。

偏差値が高く、有名大学を卒業し、有名企業に就職しても、必ずしも幸福になるとは限らないし、一方、低学歴でも社会的に成功する人も多い。
将来、誰が幸福になるか、下駄をはくまで分からない。

キャパは不平等であると言う、厳然たる事実を認めることが子育てと教育の出発点だ。
子供の資質と掲げる目標の高さを比較考量し、的確な状況判断に努めれば、焦燥と摩擦とストレスの少ない、良き親子関係が実現するであろう。