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rasisa
 
 
 

 
 
 
 

投稿者 ラ・メール
作成日 2014/09/25
ㆍ照会: 933  
宇宙に帰る私
9月23日の彼岸の中日、神戸はどこからどこまで青い空。
ハーバーランドに家族で出かけ、埠頭で開催されているドイツビール展に顔を出す。
久しぶりに酔い、昼間から足がふらついた。

ゆう子さんのブログ、「お墓まいり」読みましたよ。
ゆう子さんの大好きだった祖父母の眠る八王子のお墓に、ご両親と伯母さんの4人で車で墓参り。
心の中で生き続けている、かけがえのない人と墓前で再開。
一家の繋がりを確認しあい、心やわらぐひと時を過ごされましたね。

墓の存在の良き面が田園風景とともに、そよ風に乗って伝わってくるようです。

だが、近時、葬儀、墓の事情も大きく変化しています。
庶民に限らず、裕福な有名人も家族葬を行う人が多いですね。
なかには、葬儀、戒名、墓は不要(散骨)と言う人もいます。

かかる変化の背景としては

1 これまでの葬儀(戒名、墓)にお金がかかり過ぎた(世界的に見てダントツ)

2 世間体を気にしない人が多くなった。

3 参列者は真に悲しんでくれる人だけでいい、との考えの浸透。

4 少子化、核家族化、子孫の居住地の広域化。

5 葬式仏教に対する疑問(宗教は本来、生者の為にある)
  等々が考えられる(独断で~す)

かかる流れの変化はあるにしても、どのような葬儀をするかは、全く個人の自由であり、第三者がとやかく言う筋合いではない(よく分かっています)
だが、敢えて私は一言いいたい。
葬儀は世間体や風習にとらわれず、生者の能力の範囲内にとどめるべきだ、と。
どんなに盛大な葬儀をしても、それによって後で、生者が経済的に苦しむのであれば、決して死者は喜ばない。

ちなみに、私は死ねば肉体は分解され、元素に戻り、宇宙に散らばるものと思っている。
人は宇宙から生まれ宇宙に帰る。

だが、私は心の揺れやすい人間だから、いつ考えが変わるかも。
適当に聞いておいてね(笑)